幸福

2009072401.jpg幸福実現党なる巨大政党が誕生した。

擁立候補者数がどの政党よりも多い。

幸福の科学は金持ちなのだろう。

宗教法人とは、なかなか儲かる商売のようだ。

 

この党がどれだけの議席を確保できるかというのも、今度の選挙の見物の一つだろう。

昔あった、参院の全国区なら数議席とれたであろうが、今の衆院の選挙制度では、おそらく1議席とるのがやっとだろう。

政策的にはなかなかおもしろいことを言っている。

「北朝鮮に先制攻撃を仕掛ける」とはなかなか傑作だ。

 

さて、この党に対して、ネット上では批判の声が上がっている。

批判そのものは自由にやっていただいて結構だが、一つ気になったのが、「政教分離の原則に反する」とするものだ。

日本国憲法二〇条
一 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
三 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

日本国憲法八九条
公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便宜若しくは維持のため、……これを支出し、又はその利用に供してはならない。

この規定では、宗教団体あるいは信者などが政治参加することは何ら妨げられていない。

従って、公明党が与党として存在することは、何ら違憲ではない。

しかしながら、たとえば日蓮正宗を国教化したり、創価学会などの団体に対して特別の地位を与えることになれば、それは違憲といえる。

 

そもそも宗教とは、自己の変革や社会の変革によって、人間の幸福を目指すものだと僕は思う。

だとすれば、よりよい社会を作って人々を幸せにしようという、多くの政治家が持っているであろう根本的理念と共通する。

従って、宗教団体が何らかの意図を持って政治に進出しようとすることは、何ら不思議なことではない。

 

僕は、宗教団体が政治というものに参加することによって、日本という国家が大きくおかしくなるとは思わない。

もちろん、眉をひそめたくなるような政策というものは出てくるであろうが、宗教団体を母体とした政党でなくとも、支持母体の影響からおかしな政策を出してくることは良くあることだ。

むしろ政治に参加することによって、国民や社会からの監視の目が厳しくなることが考えられる。

創価学会がある一定の社会性を持っていることは、周知の事実である。

何かおかしなことが起こると週刊誌が騒ぎ出す。

 

オウム真理教が暴走した背景に、真理党が全く議員を出せなかったことが影響しているとも言われている。

もしもある程度の規模で議員を輩出できたら、あのような事件は起こさなかったかもしれない。

 

幸福実現党がある程度の議員を輩出できれば、幸福の科学という宗教団体の内情がもう少し国民にしれるかもしれない。

積極的に政治参加する宗教団体は、危険なカルトになりにくいと僕は思うのだが、いかがだろうか。

こんな記事を書いたからと言って、別に宗教が好きという訳じゃないので、念のため。

ま、いわば科学教の信者です。

 

無學童子
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