突入せよ! あさま山荘事件

去る10月10日、元警察官僚、元防衛官僚であった危機管理評論家の佐々淳行氏が亡くなられた。
謹んでご冥福をお祈りする。

「佐々」は「ささ」ではなく「さっさ」と読む。
これをこの方から覚えたので、実は大学に入学した時に、専攻の教授の姓を正確に読めた。
私の恩師で、国士舘大学教授の佐々博雄先生である。

佐々淳行氏は東京の麻布出身だが、佐々博雄教授は熊本に残った佐々氏の末裔である。
恩師佐々博雄先生は佐々備前守直勝の末裔であり、熊本の佐々氏の末裔で、淳行氏は数代前に分かれた傍系という事になる。

淳行氏の祖父は衆議院議員で国権主義者の佐々友房、父は参議院議員で熊本日日新聞社の社長を務めた佐々弘夫、姉は女性運動家で参議院議員の紀平悌子氏、兄は朝日新聞記者で佐々克明氏である。

佐々淳行氏には著書を通じて勝手に私淑していたのと、佐々博雄先生には私淑どころか本当に学んだわけで、私は佐々家の皆さんには頭が上がらないのである。

佐々淳行氏は文章が簡潔明瞭でわかりやすいのと同時に、その語り口が非常に引き込まれる。
私が最初に読んだ著書が東大安田講堂事件を描いた『東大落城』。
学生運動を描いたもので、大変な労作である。
以後、この方の著書はほとんど網羅している。

この方が警察官僚なので当然ではあるが、本人の、警察側の視点で学生運動が描かれている。
元々メモ魔であった佐々氏の性格もあって、学生運動における警察側の事情が綿密に描かれているのである。
今の私が、団塊の世代(私の両親の世代)の行ってきた学生運動に対して、実に冷淡な視点を持っているのは、佐々氏の著書の影響だろう。
私は保守であると言うよりリベラルだと自負するが、これは佐々氏が薫陶を受けたという後藤田正晴氏の描写が影響しているのかもしれない。

さて、佐々氏の著書で東大安田講件と並ぶ著名な事件を扱ったものに、『連合赤軍「あさま山荘」事件』がある。

あさま山荘事件は、1972年2月19日から28日にかけて発生した、日本赤軍メンバー5人が、軽井沢の保養所「浅間山荘」に人質を取って立てこもった事件である。

当時佐々氏は警察庁で、警備局付兼警務局監察官という異例の肩書き。実態は、警察庁内のフリーランス課長。
事件発生直後、後藤田正晴警察庁長官に呼ばれ、「佐々君、君、ちょっと行って指揮してこいや」と指示される。
ただ、本来の管轄である長野県警本部長は警視監であり、警視正である佐々氏とは格が違う。そこで、当時外事担当であった丸山警視監を幕僚長としてそれを補佐する形式で軽井沢に派遣される。

この本を原作としたのがこの映画、「突入せよ!あさま山荘事件」である。
日本中が注目した事件を、事実上指揮を執った佐々氏を中心に、警察側の視点で描いている。

本件警備は長野県警では力不足と判断した後藤田正晴警察庁長官の判断で、警察庁・警視庁の幕僚が派遣される。
事件そのものは皆さんご承知のもので注目なのだが、実はこの長野県警と警察庁・警視庁連合との対立と解消がこの映画の見所の一つである。

派遣幕僚団が長野県警軽井沢警察署のタバコの煙が充満した会議室に到着した時、コの字型に並べられた机に、正面に本部長と丸山警視監がならび、向かって左側に長野県警の幕僚、右側に警察庁、警視庁の幕僚の名前を書いた札がずらりと並ぶ。
県警側が並べたのだが、警視正が複数にて、佐々警視正は特殊な肩書きのため認識されず、下位の順番。
着席した後に、佐々氏が「國松君」と声を掛けて、佐々氏より高い席次にいた警視庁の國松孝次広報課長が佐々氏から指示を受ける。慌てふためく長野県警の山根警備部長。。。
この山根警備部長はキャリア官僚なのだが、その為長野県警のたたき上げの幹部と派遣幕僚団の間に挟まれて右往左往する。

佐々氏が聞くことに対して長野県警は答えを持たず、佐々氏の示す方針に対して一々反論する。この対立の不協和音はずっと続き、ついに民間人から死者が出てしまう。

あさま山荘と言えば鉄球での攻撃が有名だが、それに関しても県警と派遣幕僚団のコミュニケーション不全が原因のトラブルが多発。操作する白竜組の社長のふてくされ具合が面白い。

警察内部のしょーもない対立を延々と見せつけられる訳だが、いざ決戦の時にはきちんと纏めているのが凄いところである。結果として長野県警側が負け続けて派遣幕僚団に従わざるを得ないのだが。

警察庁本庁に兵藤参事官という架空の人物がいて、当時あった批判を代弁させている。
この人物の最後の総括の辛辣なセリフに注目したい。

この作品は登場人物が実名・仮名が入り交じっている。
その辺りの事情は見ればなんとなく分かるが、人質となった管理人の妻の名前が本当の名前より更にややこしい物に変わっているのは何故だろうか。

さて、これから見る人は本筋と関係ないところで注目して頂きたいところがある。
なんと、今をときめく俳優遠藤憲一が出ている。また武田真治もとても重要な役どころ。是非探して欲しい。
また、映画館のシーンで佐々・宇田川・後田の三氏ご本人もカメオ出演している。
特型車両は大きく見えるが実際の物より少し小さいそうだ。
また昭和47年にはないはずの車種もあるとか。

配役では佐々氏を役所広司がやっているのが意外だったが、映画を見てしまうとなるほどと思えるのが不思議。
警視庁宇田川主席管理官役で宇崎竜童が出ているのだが、結婚記念日当日に追加で後から派遣されることになり、こっそり妻に電話している時の態度が秀逸。また、佐々氏の元部下なのだが、軽井沢署に到着した時に会議室の席次が本部長と丸山参事官の並びと知った時に浮かべる微妙な表情も笑える。
伊武雅刀演じる長野県警本部長の、本当なんだかふりなんだか分からないのらりくらりとした態度は見物。
山崎清介の山根警備部長の小物感もたまらない。
田中哲司演じる若手の國松広報課長はあの狙撃された警察庁長官。
後藤田正晴氏は中曽根内閣の官房長官時代の姿が印象深いが、藤田まこと演じる警察官僚トップもイメージに違わない。
亀井静香氏も警察官僚時代にこの警備に携わっていたはずなのだが、残念ながら本作には出て来ない。あの特異なキャラクターを誰が演じるのか見てみたかった。

ある意味で、日本の警察の凄みの分かる作品である。
☆☆☆☆★

mugakudouji
政治映画・音楽・TV歴史評価付記事

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です