嗚呼無情 ある盗賊団首領、久々の登場

「この世とは無情よのう」
「久々ですね」
「そうだな、かれこれ十年になろうか」
「十年一昔と言いますが、われわれはあまり変化無いですね」
「物事の本質にはそう大胆な変化は起こらん。変わって見えるのは表層だけよ」
「ということは、われわれの貧乏は本質ですな。十年前と変わりない」
「耳に痛いことを言うな」
「そうおっしゃいますがね、進歩が無いんですよ。われわれの生活はちっとも楽にならない」
「そう言うがな、所詮盗賊の本質ははぐれ者よ。まともに働かず、堅気の皆さんの働きを掠め取って生きてるんだ。そう贅沢もできまい」
「裏稼業なのに稼げないとなれば、盗賊になる人間はいなくなりますなぁ」
「そうでもない。現にわしとお前が居る」
「はぁ」
「どんな時代にも、表の世界と折り合えず裏稼業に入ってくる人間はおるものよ。もし裏稼業の世界が無ければ、彼らは行くところがない。それでは救いが無いではないか」
「裏稼業に救いがあるとは思えませんが」
「そこが、インテリゲンチャのわしとお前の違うところよ。世の中悪は必要なのだ。貧乏くじみたいなもんだが、それでも誰か引き受けなければ、世の秩序が成立せん」
「そんなもんですかね」
「そんなもんよ。表の世界がきちんと成立するためには、反対たる裏の世界が必要なのよ。光と影の関係だな。どちらかだけでは存在できん」
「やはり中卒の私にはわかりませんなぁ」
「心配せんでいい。知らず知らずにやるから良いのだ。ところで腹がすいたな。昼飯はまだか」
「スッカラカンで材料がありません」
「腹が減っては戦はできぬ。盗賊稼業がつとまらんでは無いか」
「ボスがちゃんと盗賊稼業をやっていれば、スッカラカンになることなんてないんですが。きちんと仕事をしないと」
「うーん、無情よ」
初掲載

mugakudouji
「嗚呼無情」

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