嗚呼無情 ある盗賊団首領の青春

「無情だ」
「またまた」
「またまた、とは何事ぞ」
「毎日飽きもせず良く同じことばかり言えますな」
「それはこの世が無情だからよ」
「ボスの場合は《無情》というよりは《情け無い》と言った感じですな」
「余計なお世話だ。大体お前ごとき若造にわしの気持ちが分かってたまるか。もっとも他人の気持ちを知ると言うのは無理な話だがな」
「そうですよ。大体ボスが何者なのかも、未だに良く知りません。ここにくる前はいったい何をしとったのですか」
「やはり盗賊よ。博多でな。しかしロマンはもう既に無かった。一人でやっていたが追いかけてくる私立探偵は一人もおらなんだ。二十面相の夢をみとったのだな、わしは。その夢が破れて愕然としているところへ先代があらわれたのよ」
「ほほう」
「要は先代にだまされたのよ、わしは。『博多には探偵はおらんが、東京には明智がおる』と言われてな。わしも若かった」
「すると明智につかまりにわざわざ東京へ」
「馬鹿を言え! 明智の目の前でバルーンに乗って財宝とともに消え去るのが夢だったのだ。『明智くん、さらばだ!』とかいってな」
「ワンパターンですな。しかしだまされたとは?」
「明智はもう死んでおったのだ」
「なるほど」
「しかも先代のじじい、自分は名誉首領になるからとわしに首領の座を押し付けたあげく、とんずらだ」
「気がついたら勝手に首領に?」
「そうよ、寝耳に水よ。お前はあの時京都に行っていたから知らんだろうがな」
「前の首領はてっきり死んだものかと思ってました」
「公式にはな、そう発表した。体裁が悪いからな、わしの」
「そりゃそうですな」
「それはそうと、お前はこの盗賊団に入って何年になる」
「ええと……、確か18のときですから、ちょうど20年になります」
「するとまだ38か」
「8月に38です」
「ふけて見えるな。てっきりわしは45歳ぐらいかと思っていたが、白髪が目立つな、禿げていないだけましだが」
「大きなお世話です。苦労してるんですよ、ボスのせいで。この白髪の一本一本がボスの愚痴の賜物です」
「これでもわしも苦労しておるんだぞ。お前があのびんたぼ語の部下のようなまともな日本語の使えないのを入れてくるから、まとめるのが大変だ」
「そうは見えませんが」
「大学出のインテリゲンチャは人の見ていないところで苦労するのよ。実は白髪染めも使っておる」
「しかし根本的なことはやっぱりボスが悪いんですよ」
「何だそれは」
「仕事ですよ、仕事。仕事をしないからお金が無くて、まともな部下を雇えないんですよ」
「仕事をしないのは何故だか分かるか」
「知りません」
「日本語のしゃべれない部下がわしに扱えると思うか」
「金があればまともな部下が雇えます」
「うん、無情(なさけな)や…」
初出「探書手帳25」(1998/7)

mugakudouji
「嗚呼無情」

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です