本は読むことも出来る

「読書」は僕の趣味じゃない。
僕が本を読む時は何らかの目的を持っていることが多くて、本を読むことが目的ではないからだ。
僕の趣味はなんとまずいことに蒐書なのだ。
読書好きなら図書館で借りればよい。
読んだ本から知識を得ることも出来る。
でも蒐書が趣味の場合、図書館になど近寄るはずもない。
そして読まないから知識を得ることもない。
たとえばマッチ箱のコレクターなら、そのコレクションのマッチ箱で火をつけることはないだろう。
蒐書家の場合も、ある意味でそれと同じことが言える。
本を集めること、入手することで満足で、読む必要などまったく感じていないのである。
「本は読むことも出来る」ってのは誰の言葉かは知らないが名言だ。
蒐書家といのは、集めて保管して眺めて喜んでいるその他のコレクターとなんら変わらない。
たまたま対象が本なだけに「高尚な趣味」と見られているのは、ほかのコレクターとの兼ね合いから不公平というものだろう。
ところで「趣味は読書」というのもおかしなことだと感じる。
「読書」は幅が広すぎる。
エロ本を読んでも古典を読んでも漫画を読んでも文学を読んでも、対照の形態が書物である限り「読書」だ。
プロフィールの趣味の欄に書くものとしてこれほど都合のよい言葉はないが、これほど実態を表せない言葉もない。
出版業界では世の中のあらゆる分野についての入門書なり解説書が網羅されているわけだから、どんな趣味を持っていたとしても「趣味は読書」ということが成り立つ可能性がある。
もっともこれらは情報を得たり知識を習得したりするという、比較的実用性の高い読書である。
もしも趣味として「本を読むこと」を目的とした読書を実現しているのなら、その人の趣味は「読書」といってもよいだろう。
でも「SF本が好き」「ホラー小説が好き」「純文学が好き」「ラノベが好き」なんてのは、やっぱり「趣味は読書」というよりは「趣味はSF」「趣味はホラー小説」etc.といったほうが良いと思う。

無學童子
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