モノの耐用年数

耐久消費財の耐用年数が年々短くなっている気がする。
子供のころ実家においてあった二層式の洗濯機は20年くらい持ったが、その後に買ったものはその半分、そしてさらにその後のものはさらにその半分だった。
ビデオデッキも、最近の機種ほど壊れやすい気がする。
昔なら、家電は壊れたら修理ということになったのだけれど、修理費用は馬鹿にならない。
顧客から預かった、故障した300万画素クラスのデジタルカメラの修理見積もりを取ったら2万円弱だった。今その金額を出せば、800万画素のデジタルカメラが買える。
だから、結局修理はせずに買い換えることになった。
何で修理代のほうが高いかというと、商品価格は「モノの値段」なのに対し、修理代は「修理技術の値段」だから。
そして、「修理技術の値段」=「ヒトの値段」だから。
モノの製造原価における人件費より、修理費用における人件費のほうが圧倒的に高い。
昔はモノの値段がものすごくに高かったから、修理したほうが経済的に見合っていたのだけど、今はモノの値段が劇的に下がってしまったから、修理が割に合わなくなった。
もっとも、壊れやすくなたってことと、修理とは無関係なこと。
昔の家電が壊れにくかったのは、構造が単純だったから。
今の家電は、搭載されていないものなんか無いと思えるくらい、必ずといって良いほどコンピュータ搭載だ。
この基盤の部分が大きなボトルネックで、精密ゆえに壊れやすい。
「MOTTAINAI」精神で、修理して大事に使うってことはすばらしいことだと思うけど、それだって良いことばかりじゃない。
革製品は、使い込めば使い込むほどよいつやが出るから、ある意味で古いものほどすばらしいといえる。
銀製品もそうだ。古いものほどよい味が出る。
でも、電気製品で古いものって言うのは怖い。
きちんと隅々まで手入れをして、劣化した部品の交換もきちんとおこなわれていれば良いが、そうでないとある日突然発火する。
高齢者宅で、古い家電製品が火元になった火災が多数発生している。
古い暖房器具だって、二十年も使っていたらゴム部品部分が劣化し、ガス漏れなんてこともある。
JR東日本が発足して間もない平成5年、国鉄通勤車両の103系の後継として、209系車両が開発された。
この車両の開発目標は、『重量半分・価格半分・寿命半分』であったのだが、その意図するところは、車両を軽くして運行経費を少なくする、大量生産してコストダウンする、使用年数を減らして車両の陳腐化と技術進歩の恩恵を受けられるようにすることであった。
「寿命半分」と聞いたとき、「もったいないことするなぁ」と思ったが、よく考えてみれば、合理的な話であった。
ポイントは「技術進歩の恩恵」である。
技術進歩の中には、エネルギー消費効率のアップと、顧客サービスのアップがなど含まれている。
一般的に言って、新しく開発された車両ほど、燃費が良くて、快適なのである。
燃費が良くなったのだとすれば、燃料をたくさん使う古い車両は早々に廃車になっていただき、新しいものに置き換えたほうが、環境負荷は少ないのだ。しかも、顧客サービスはアップしているはず。
だから、「寿命半分」が合理的なのである。
家電製品のうちでも、特に冷蔵庫とエアコンはその省エネ傾向が顕著で、電気代は、大型冷蔵庫で10年前の半分以下、エアコンでも40%減といわれている。
(一般に言われているような電気代計算は素直には信用できない。98年の日本工業規格の改訂後、電気代の計算の基準が変わったため、同じ機種で使用する電気代が下がるというふざけた事態が起こった。とはいえ、十年前の機種と現行の機種で、エネルギー性能が大幅に上がっていることは間違いない。)
少なくとも、古い冷蔵庫とエアコンは、「MOTTAINAI」からといって、修理して延命措置をとるよりも、思い切って環境性能の高い製品に買い換えるほうが、環境にも財布にも良いということが言えそうだ。


昨年一月に冷蔵庫を2倍の大きさのものに買い換えたのだが、電気代が上がったという実感が無い。
むしろ下がった?
エアコンも、アパートの備え付けでなければ買い換えるところなんだが。
2006年10月22日に書いたmixiの日記より。

ま、自分が価格破壊な会社に勤務してて言うのもなんだけど、物ってのは安けりゃいいのかね?
そりゃ、自分が買うという立場になったら安いに越したことは無いけど。
物が安いって言う現象は、物を大事にしない、大量消費社会を生み出している様な気がしてならない。
ペットボトルも然り、買い物袋も然り。
便利で安ければ、気分はもったいなく無い。
テレビだって修理するより買い替えのほうが安いのだ。
高けりゃ大事にするって言うのは、個人的には気に入らないけど、ある意味では真実だろう。
実際自分自身でも、シャチハタをちょっと高級なオーダーメイドのものにかえたら、半年で2本消費していた生活が、3年も使っていると言う状況になった。
その昔、岡場所で一晩買うのと、昼間そばを3人前頼むのと、ほとんど同じ金額だったなんて聞いた。
底に穴の開いた鍋も、何度も修理してつかったそうだ。
今だったら、職人さんに修理してもらう金額で、いったいいくつの鍋が買えるだろうか。
いいものを、長く使える生活がかっこいいと思うけど、エレクトロニクス商品では無理だろうか。

いいこと書いてるなぁ、過去の自分(笑)

無學童子
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