007の権利の話

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イオン・プロダクションの007シリーズ

0381.jpgイアン・フレミングによる小説、007シリーズは大変に人気の作品であり、ご存知の通り映画は半世紀以上も続くお化けシリーズである。

しかしそれだけに、このシリーズにはもめ事が多く、特に映画の権利についてはつい最近も問題が起きている。

当サイトの007インデックスページ下部に「カジノロワイヤル」「ネバーセイ・ネバーアゲイン」の二つの映画がある。
これらはどれも正規のの映画化権をもって作られたものなのだ。

普通の人が思い浮かべる007シリーズ、先程のページの上部にある作品群は、イオン・プロダクションによるものだ。

0405.jpg映画関係の仕事をしていたハリー・サルツマン(写真右)は007シリーズの小説を読み、映画化すれば大ヒットすると確信し、1961年にイアン・フレミングから期限付きの映画化権を獲得する。ところがサルツマンには金がなく、スポンサー集めに奔走するものの映画化は頓挫しかける。ちょうどその頃、既に映画プロデューサーとして活躍していたアルバート・"カビー"・ブロッコリ(写真左)も007シリーズに着目し映画化権取得を試みる。
ブロッコリはサルツマンから映画化権を買い取ろうとするが、サルツマンはこれをかたくなに拒否。
その後紆余曲折を経て、ブロッコリとサルツマンは1962年にイオン・プロダクションを設立し、007シリーズを共同で映画化する事になる。
二人にとってこれは「一か八か」(Everything Or Norhing)の賭けであり、会社はこの頭文字をとってEON(イオン)と名付けられたという。

「サンダーボール作戦」と「ネバーセイ・ネバーアゲイン」

0306.jpg0312.jpgイアン・フレミングは「映画化権を安く売りすぎた」と後悔し、ケヴィン・マクローリーら友人達を集めて自分で映画化しようと試みる。
実際にいくつかの映画用脚本が作られるが、この計画は頓挫した。

その後フレミングはこれらの脚本のアイディアを無断で借用し、1961年に「サンダーボール作戦」を書き上げてしまう。
その結果、マクローリーから裁判を起こされ敗訴し、「サンダーボール作戦」の映画化権はマクローリーのものとなってしまう。

当初イオン・プロの映画化第一作は「サンダーボール作戦」になるはずであったが、この騒動と制作費の関係で「ドクター・ノオ」(1962年)になる。

マクローリーはワーナー・ブラザースと組んで映画化を試みるもうまく行かず、結局制作にクレジットされる事を条件に、イオン・プロとの合作による映画化が進む事になる。
この為本作はイオン・プロ制作による007映画の中で唯一、制作にブロッコリ一族とサルツマンがクレジットされていないものとなった。

この件はこれで一件落着かと思われたが、マクローリーのアイディアの中に含まれていた犯罪組織スペクターとその首領ブロフェルドが、原作にはないのにイオン・プロ制作のその後の映画の中で出て来てしまった事でマクローリーは激怒しイオン・プロを訴え、「ダイヤモンドは永遠に」(1971年)を最後にスペクターとブロフェルドは登場しなくなる。

その後マクローリーはワーナー・ブラザース配給で「ネバーセイ・ネバーアゲイン」(1983年)を制作する。これは「サンダーボール作戦」のリメイクで、表向きはイオン・プロのシリーズとは無関係と言う事になっている。
マクローリーはイオン・プロとの約束で「サンダーボール作戦」以降10年間は映画化権を行使しないこととなっており、その期間が経過して映画化を試みたもののやはりイオン・プロとトラブルになる。その交渉の中で、「ネバーセイ・ネバーアゲイン」の興行収入の18%をイオン・プロに渡すと言う約束になっていた事を、後年ショーン・コネリーが暴露している。

「ネバーセイ・ネバーアゲイン」はボンド役を引退したショーン・コネリーが復帰する形となる作品であり話題になったこと、また先程の暴露がコネリーからということで分かるとおり、実は本作の主導権は当初からショーン・コネリーにあり、マクローリーにはなかった。

納得しなかったマクローリーはその後もソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント(SPE)と組んでピアース・ブロスナンやティモシー・ダルトンを主人公に007映画の制作に動いたが、イオン・プロダクションの親会社のダンジャック等との訴訟で、結局実現する事はなく映画制作者・脚本家としては大きな実績を上げる事も無く、2006年に他界してしまう。

世紀の怪作「カジノロワイヤル」

0400.jpgさて時計の針を戻して、1955年、まだ無名であった007小説シリーズの第一作「カジノ・ロワイヤル」の映画化権をグレゴリー・ラトフという人物が取得した。
ところが映画化できないまま1960年に他界、権利はチャールズ・K・フェルドマンと言う人物の手に渡りケーリー・グラント主演で企画が立ち上がるも失敗。
そうこうしている間にイオン・プロ制作のシリーズが世界的大成功を収める。

成功したイオン・プロは「カジノ・ロワイヤル」の映画化を目指し、フェルドマンとの合作などを画策するも失敗。

どうしたわけかフェルドマンはパロディ映画を制作するという方針に転換し、1967年にコロンビア映画の配給で、オールスターキャストの世紀の怪映画「カジノロワイヤル」(1967年)が誕生する事になる。

サルツマンの降板と映画会社の興亡

イオン・プロ制作の007シリーズは大成功を収めていたが、ハリー・サルツマンはカビー・ブロッコリの娯楽追及路線に違和感を持っていた。
そこで「女王陛下の007」では新しいボンドにジョージ・レーゼンビーを据え、シリアス路線の007映画としたところ、他の作品と比較して興行的にイマイチであった。
次作「ダイヤモンドは永遠に」ではボンド役をショーン・コネリーに戻し、コメディ的要素を強調したところ、大ヒットとなった。
ショーンが降板した後のロジャー・ムーアのシリーズではさらにコメディ要素が強調された。

こうした事に嫌気がさしたたサルツマンは、「黄金銃を持つ男」で制作からの降板を表明する。
ブロッコリはこれを引き留めたがサルツマン耳を貸さず、それどころが自身が持っていたイオン・プロダクションの持ち分をブロッコリにではなくユナイテッド・アーティスツ社(UA)に売り渡してしまう。
これは別の事業で失敗して作ってしまった借金の返済のためでもあったわけだが、これによって007映画制作はイオン・プロだけが主導権を持っていた状態から、UAとの共同作業と言う事になる。

ところがこのUAが、「天国の門」(1980年)という映画で巨額の損失を出して倒産の危機に見舞われ、メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)に買収され再出発することになる。

しかしMGMも既に斜陽であったためすぐに資金難になってしまい、1986年にターナー・ブロードキャスティング・システム(TBS 現在のタイム・ワーナー)の傘下に入る。
しかしターナーの取引銀行はMGMにあった巨額の負債のためにこの買収を支持せず、ターナーは74日後にMGMとUAの全ての商標権を実業家で投資家で以前MGMを所有していたカーク・カーコリアンに再び売却。カーコリアンはこの時の負債の返済のため、MGM/UAの資産をあちこちに売却した。またMGMのオーナーも短期間で何人もかわった。

これらの混乱の中で、007シリーズも含めたおよそ4000本の映画の権利が誰のもの不透明になってしまう。

カーコリアンは1990年にMGM/UAをイタリアの投資家ジャンカルロ・パレッティに売却。しかし1992年、パレッティは多額の債務を抱えてMGM/UAをクレディ・リヨネに売却(社名はMGM/パテ)。そしてカーコリアンは1996年、クレディ・リヨネからMGM/UAを再買収する。

MGM/パテ時代には007シリーズの権利などを巡り、イオン・プロダクションの親会社のダンジャックとカーコリアンまで巻き込んだ裁判が続いたため、1989年の「消されたライセンス」から1995年の「ゴールデンアイ」まで6年間の空白期間が生じることとなった。

1996年にカーコリアンはMGMを買い戻して社長に返り咲き、権利問題の整理を付け、2005年にソニーを初めとした投資家のグループにMGM/UAを売却。
2015年までソニーの資本が入っている間、SPEとの合作が多く制作される。

その後の権利の行方

0404.jpg1967年版の「カジノロワイヤル」はコロンビア映画が版権を所有していたが、1986年にそのコロンビア映画はソニーによって買収され現在はSPEの一部となっている。
1996年にマクローリーがSPEと組んで007の新シリーズを企画したが、ダンジャックやMGMに訴訟を起こされ、その結果SPEは007に関して「カジノロワイヤル」(1967年)の配給権以外の全てを失ってしまう。
その後、2006年にイオン・プロ版の「カジノ・ロワイヤル」が制作された。

「ネバーセイ・ネバーアゲイン」はTBSが権利を持っていたが、前述のTBS・MGM・UAのゴタゴタの結果、1997年にMGMが権利を持つ事で合意したため、ソフトウェアなどはイオン・プロのシリーズと共に同じレーベルで販売される事となった。

0399.jpgケヴィン・マクローリーが所有していた残りの権利については2013年にマクローリーの遺族の間で和解が成立し、MGMが取得した。
これによりスペクターとブロフェルドが登場する「スペクター」(2015年
)がイオン・プロとMGMによって制作された。

MGM/UAは経営難に陥り、2010年に破産し法的整理の後に再建が進んでいる。
この影響で2011年公開予定であった「スカイフォール」は翌年に公開を延期した。

資金難のMGMは次回作の配給権を競売に掛け、どうやら海外配給はユニバーサルに決まったようだ。

イアン・フレミングがヒット前だった第一作の「カジノ・ロワイヤル」の権利を安価に売り渡してしまったのは仕方ないだろうが、小説シリーズの成功に気を良くして自分で映画制作しようとした上、他人のアイディアを無断借用してしまったのはまずかった。
またサルツマンが自身の持ち分をUA社に売却してしまった事で、007シリーズがMGMの流転に巻き込まれて誠に残念だったと言うほかない。

とはいえ、凡作であればこんなことは問題にならず、屈指のヒットシリーズとなったからこそ色々な人が群がってこう言った経緯を辿ったのだとも言えよう。

画像引用元 映画.com