終戦のエンペラー

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0289.jpgWikipedia等を見ても、「アメリカ合衆国の映画」となっているが、仮に本当にそうだとしても、とても米国民に受け入れられる内容では無い。
この映画の国籍は米国なのだろうが、血統で言えば間違いなく日本の映画である。

さて、これは「プライド・運命の瞬間」と同様、天皇陛下の戦争責任について描いた映画である。
「プライド」が東京裁判を通じて、日本側からの天皇無罪論を唱えたものとするならば、これは占領するGHQ側の都合を描いた物である。
ただ、「プライド」は基本的に裁判記録に沿った話なのに対して、本作はほぼフィクションであることだけは留意して欲しい。

1945年8月30日、GHQ最高司令官マッカーサーは日本に上陸。連合国軍(事実上の米国)による日本占領が始まる。
折から米国本国では、天皇陛下の訴追を求める声が多数をとなっていた。しかしながら、極東における防共と、後に大統領の座を狙っていたマッカーサーにとっては、日本の統治に失敗することはあり得ず、天皇陛下を裁くことよりも、生かして協力させることが日本統治の鍵と考えていた。
その為、知日家のボナー・フェラーズ准将に、天皇の開戦責任についての調査(実態は、天皇陛下に開戦責任がないとする証拠探し)を命じる。
フェラーズ准将は調査を開始するが、彼自身も開戦前米国でに知り合った元恋人の島田あやの安否を気に掛けていた。
10日間という短い時間の制約の中で、フェラーズは東條英機を始めとする日本の旧首脳らと接触し、聴取していく。
だが、立憲君主制故のあいまいさと、また白黒をつけない日本の文化により、関与したとも不関与だったとの証拠も、全く見いだせないのであった。
しかも、恋人の島田あやは空襲で亡くなっていたという事実にも接する。
フェラーズ准将は悲嘆に暮れるが調査は継続。その結果、御前会議で天皇が日露開戦時の明治天皇の御製を引用して開戦への反感を示したこと、木戸からの極秘の証言として、天皇が閣僚側近らに対し「降伏」の意志に「同意してほしい」と求めたことが終戦の決め手となったことを知らされ、確信を得る。
最終報告を聞いたマッカーサーは、証拠が何もないことに不満を示す。しかし、天皇陛下の人物像に強く興味を持ち、会談を準備するようフェラーズ准将に命じる。
米国大使公邸での会談で、天皇陛下はマッカーサーの握手に応じ、タブーとされていた間近での写真撮影も受ける。そして、「全責任は朕にあり、懲罰を受けるのは日本国民ではない」と述べる。
マッカーサーは、懲罰の話をするのではなく、日本の再建のためにあなた陛下の力を貸してほしいと応じるのであった。

まあ、ほぼフィクションなので、見る価値があるかと言えばなんとも言えないのだけれど、終戦直後の混乱を米国側の視点でよく描けているので、その点は見るべき所はあると思う。

これは冒頭にも述べたとおり、米国資本の映画なんだけど、米国での興行成績は3億円程度なのに対して、日本での興行成績は約11億円。
しかも制作は奈良橋陽子。彼女は劇中に重要な人物として出てくる関屋貞三郎の孫であり、ゴダイゴなどをプロデュースした人物。
実態は、ハリウッド映画の仮面を被った日本映画なのだ。

史実、と言うわけでもないし、島田あやの下りは全く不要だな等と思ったりするところから、映画としての評価はあまり高くない。
☆☆★★★

画像引用元 映画.com