プライド・運命の瞬間

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0290.jpgこれはねぇ、公開当時とても問題になった映画。
左側からはもちろん、アメリカ、中国、朝鮮、インドからすら叩かれた。

僕は公開されたばかりの時に、彼女と一緒に渋谷の映画館で見たのだが、劇場内はほとんどが高齢の方。大学生はどうやら僕らだけだった。

本作は、主人公の東條英機を主人公に、連合国による極東国際軍事裁判を、批判的な視点で描いた物である。
また、ラダ・ビノード・パール判事の視点と回想も交え、日本が支えたチャンドラ・ボースがインド独立に貢献した様も描かれている。

人間・東條英機について描いていること、極東国際軍事裁判が法の不遡及の原則に反すること、連合国軍による戦争犯罪が裁かれないのは不公平であること(原爆による一般市民の虐殺)、天皇の戦争責任の描き方、などなど、見るべき点は沢山ある。

さて、この映画の題名の意味だが、僕の見るところ、それは東條英機の天皇陛下に対する忠誠心であろう。
彼が直面するのは、重要な決定に於いて東條英機が天皇陛下の意思を無視するわけがない、しかしながら、そうであるならば、開戦を決定した責任が天皇陛下にあることになる、と言う点である。
そこで彼は偽証をせず、そして天皇陛下に責任が及ばないような論理を立て、証言台に立つのである。

言うまでもないことだが、天皇陛下は帝国憲法下でも、日本国憲法下でも、世俗の政治権力を越えた日本国民の象徴であり、政治的実権はないのである。
しかしながらこの点に於いて帝国憲法は欠点があり、臣下が決定を上奏しない場合、天皇陛下が政治決断をせざるを得ないのである。
帝国憲法下に於いて聖断がなされたのは、二・二六事件と大東亜戦争の終結の二つである。
従って、開戦責任はないわけだが、天皇を処刑せよという米国世論が高い中、裁判で堂々と主張した東條の最後は極めて重い責任を全うした、と言うことなのである。

極めて理不尽な裁判ではあるが、日本はこれを受け入れてサンフランシスコ講和条約を結ぶことになった。
しかしながら、講和条約後に戦犯は名誉回復がなされている点は注目して頂きたい。

また、日本の戦後はこの理不尽な裁判と講和条約とともに、罪無き一般市民を大量虐殺した二発の原子爆弾の投下を不問に付したこと、極めてご都合主義で即席で作られた憲法から成り立っている、欺瞞と矛盾に満ちた状態の国であることを書き添えておく。

この映画が、右翼の映画だというレッテルを貼って忌避するのはやむを得ないだろう。
しかしながら、これが正義だと信じている人が多くいて、少なくとも嘘は描かれていたいと言うことも分かってほしいものである。
☆☆☆☆★

津川雅彦氏の怪演は爽快だ。

画像引用元 東映ビデオ株式会社