英国王のスピーチ

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0300.jpg「英国王のスピーチ」を最初に見たのは、おそらく2011年の2月である。
確か妻が居らずこの日は暇で、浦和の映画館で同じ日に「ソーシャルネットワーク」と2本見たのだった。
結論から言うと、本作は近年まれに見る傑作である。
☆☆☆☆☆

実はこの後、この映画は多分二桁の回数見ているのだ。
最後は、このブログを書くために、直前に。
それほど何度も見たくなるほど、僕にとってこの映画は素晴らしいのだ。

この年のアカデミー賞作品を同じ日に見たというのも、何かの縁のような気がする。
実は僕はアカデミー賞などの映画賞には無縁で、好きな映画がそういう賞を受賞することは殆ど無い。
でもこの年のアカデミー賞では、本作と「ソーシャルネットワーク」と「アリス・イン・ワンダーランド」を見ているので、例外的と言える。
アカデミー賞レースでは「ソーシャルネットワーク」と争って「英国王のスピーチ」が圧倒的に勝ったわけだが、はたしてそれで良いのか?とは思う。
主演俳優賞は当然コリン・ファースであるべきだが、作品賞は「ソーシャルネットワーク」だったのではないかという気がしてならない。
但し、僕が好きなのは「英国王のスピーチ」なのだ。ただ、「ソーシャルネットワーク」もBlu-rayで買ったくらいだから、好きは好きなんだけどね。

さて、まず本作の素晴らしさはそのストーリーである。
恥ずかしながら、007ファンでシャーロッキアンであるにもかかわらず、ジョージ六世陛下については全くと言って良いほど存じ上げなかった。
チャールズ皇太子殿下とダイアナ元妃殿下の絡みで、エドワード八世陛下(ウィンザー公爵閣下)と夫人の、いわゆる「王冠を架けた恋」は美談としては知ってはいたものの、実際の歴史に通じる話としては、甚だ心許ない知識しか無かった。
本作では、まずは吃音症だったジョージ六世陛下と、言語聴覚士であるライオネル・ローグの実話に基づいた友情物語に驚かされるのである。
脚本のデヴィッド・サイドラーは自身も吃音症で、その経験も反映されていると思われる。

この作品は簡単に言うと、負け犬の物語なのだ。
ヨーク公アルバート殿下(後のジョージ六世陛下 愛称 バーティ)は、大英帝国博覧会閉会式で、エリザベス妃殿下ほか多くの人が見守る中、父王ジョージ五世陛下の代理として演説を行うが、吃音症のため悲惨な結果に終わってしまう。
吃音症を治すためにあらゆる専門家を招くも、いずれも失敗に終わる。
エリザベス妃殿下がハーレー街の片隅で開業していたライオネル・ローグという言語聴覚士を見つけ、アルバート殿下は治療を始める。

ウルトラ級に厳しい非人間的な父親、とても意地悪な兄等に囲まれ、劣等感を持って育ったアルバート殿下。
またライオネル・ローグも、植民地出身で役者を目指すも成功せず、言語聴覚士をしていたが、これも民間療法として見下されていた。
アルバート王子殿下はひっそりと生きてゆくはずだったのに、兄のエドワード八世陛下が離婚歴のある夫人と結婚するために、王位を投げ出してしまい、ジョージ六世陛下として即位することになる。
時代の趨勢で、演説の巧みなヒトラーと対決しなければならなくなる。

本当は実力のあるダメ男が、本当は実力のあるダメ師匠とともに、修行を積んで大事を成し遂げるというストーリーは、万人受けするのだ。

この映画を観るにあたっての前提条件は、欧米では演説が重要視されており、世の中を動かしていると言うことだ。
日本では演説は重要視されていない。歴史を動かした有名な演説は殆ど無いと思う。記憶にあるのは玉音放送くらいか。
しかし欧米に於いては、演説のうまい人が指導者になって国を動かしている例はいくらでもある。
有名な政治家の演説集も出版されている。
映画「インディペンデンス・デイ」に大統領の演説シーンがあるのもその為だろう。
この映画にも出てくるヒトラーは、間違いなく演説の名手だ。
映画のクライマックスに出てくるジョージ六世陛下のドイツとの開戦の演説は、英国の人であれば必ず一度は聞く有名な演説なのだ。
つまりこの映画は、皆の知る有名な演説のバックストーリーでもあるのだ。

演出にも注目したい。
良い映画すべてに共通するが、無駄なシーンがない。
特にこの映画は説明的なシーンが殆ど無い。
時間経過の端折り方も上手だ。
子供の成長でそれが分かる工夫がされている。
その中で描かれるローグ家の暮らし向きが少しだが上向いているのは、王族を患者に持ったからであろう。

物事の対比もうまい。
兄弟、親子、夫婦。
親子という点では、ジョージ五世陛下とアルバート殿下と、アルバート殿下と二人の妃殿下、ライオネル・ローグと息子たちの関係が描かれる。
夫婦という観点では、もちろんヨーク公夫妻が主人公なので当然だが、ローグ夫妻の関係も描かれている。
ローグ家に新国王夫妻が訪問するエピソードでのマートル・ローグの驚いた顔はとても面白い。
おそらく、国王陛下の訪問で夫が実は凄い人であったことに気づいたのだろう。
そして、妻にも患者の事を話していない、ライオネルのプロフェッショナル精神が分かる。

ライオネルの指導と国王陛下の必死の努力で困難を乗り越えてゆくわけだが、映画の最後に開戦のスピーチという難関が登場する。
バッキンガム宮殿の大きな部屋で閣僚達に送り出されたジョージ六世陛下はライオネルと共に、長い廊下を通って放送室に行く。
スピーチのはじめ、ライオネルはジョージ六世陛下を落ち着かせるように、まるで指揮者のようにリードする。
途中で止まりそうになると、合図を送って落ち着かせる。
世界中で聴いている大英帝国の臣民の様子を挟みながら、スピーチは進行してゆく。
そして演説後段、ライオネルはもう何もしていないのである。
演説が終わって部屋を出て、写真撮影が終わった後に一瞬だけ二人きりになる。
その時の会話が、「お手柄だ、我が友よ」「ありがとう、陛下」なのだ。
ライオネルが「陛下」と呼んだことで、友の成長が語られたのである。
その後、国王一家はバルコニーに出て国民の大喝采を浴びる。
最後は、ライオネルの温かい表情で終わる。
映画の冒頭の博覧会のスピーチの失敗と、開戦のスピーチの成功。
全体的に内に閉じこもった感じのする映像が、最後のバルコニーで明るく解き放たれる印象に変わる。
ダメな人物が努力して吃音を克服し、大事を成し遂げて自信に満ちあふれる姿をあらわすというこのカタルシス。
ヒットしないわけがなかろう。

もしこれからはじめて見る人がいるなら、まずは字幕版をおすすめする。
ジョージ六世役のコリン・ファースの吃音の変化と、ライオネル・ローグ役のジェフリー・ラッシュのオーストラリアなまりが聞けるからだ。
そして、カメラワークにも注目して欲しい。
二人の会話シーンで、コリン・ファースが話す時、画面の左端に押しやられ、右側のほとんどを壁が占めているのだ。
しかし、吃音が出ていない怒り狂ったシーンで、画面の余白はなくなっているのだ。
こういう演出は随所にあるので、是非楽しんで頂きたい。

主演のコリン・ファースは本作でアカデミー賞主演男優賞を受賞、色々な作品に出ているが、2015年の「キングスマン」でアクションに初挑戦している。
ジェフリー・ラッシュは1996年の「シャイン」でアカデミー賞主演男優賞。
エリザベス王妃役のヘレナ・ボナム=カーターは「アリス・イン・ワンダーランド」で赤の女王を怪演。Netflix配信の「ザ・クラウン」ではなんとエリザベス王妃の娘、マーガレット王女を演じている。
エドワード八世役のガイ・ピアースは兄の役なのにコリン・ファースより7歳も年下。2008年の「奇術師フーディーニ 〜妖しき幻想〜」では、コナン・ドイルの友人であったハリー・フーディーにを演じている。
ジョージ五世役のマイケル・ガンボンは2017年「キングスマン: ゴールデン・サークル」に出ている。

余談だが、とても可愛らしいマーガレット王女を見ながら、「ああ、こんな可愛らしい王女がスキャンダラスな。。。」などと思ってしまった。
伯父がエドワード八世陛下であり、甥がチャールズ皇太子殿下なのだから仕方ないか。
血なのだな、きっと。

画像引用元 映画.com